千葉市で日本建築の歴史と伝統を守る木造建築在来工法の家なら佐藤屋建設へ

株式会社佐藤屋建設

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宮大工の技術 伝統のある専門性の高い家づくり

宮大工 匠の技術

宮大工 匠の技術

宮大工(みやだいく)とは、神社仏閣の建築や補修にかかわる大工のことを指します。
在来工法の技術に加え、柱や梁の複雑な造作や曲線の加工が多く、高度な技術が要求されます。
全国を見ても一般の大工よりはるかに宮大工の数は少なく、その伝統的な仕事を受け継ぐ者も減っています。それだけ大変な仕事なのです。

私ども佐藤屋建設は専門知識、豊富な実績と経験を活かし、日本の伝統文化を未来へ伝承する担い手の一端として日々努力を重ねております。
百年、千年と生き続ける住まいのため、株式会社佐藤屋建設は優れた技術と知恵を伝え続けていきます。

宮大工を経て 代表取締役 佐藤行雄 略歴 匠の技術

宮大工を経て 代表取締役 佐藤行雄 略歴 匠の技術

フロシキ包みに学用品をつめて、小学校5年まではだしで学校に通う。
6年生、中学生1〜3までは、学校校舎政策を手伝う。そこから大工の芽生えが始まる。

昭和31年(西暦1956年)

昭和31年(西暦1956年)

京成津田沼駅前の柴田工務店 柴田幾次朗(いくじろう)を親方とし、本格的な修行に入る。

刃物研ぎ3年、加工3年、墨付け(すみつけ)2年、旅修行2年、あわせて10年の月日をかけて、宮技師(みやぎし)の技術を身に付ける。
”宮技師とは神社、仏閣を造る人”

昭和42年(西暦1967年)

柴田工務店の後継ぎになるべくして、さらに3年間仕事に従事する。
農家を中心に建築作りの原点である入母屋造りや方形造り、奇棟造りを学びつつ仕事に励む。

昭和46年(西暦1971年)4月16日

世帯を持つ。
柴田工務店の跡取りを柴田幾次朗の息子、柴田栄に譲り佐藤屋建築として独立し、八千代大和田に籍を置く。

昭和49年(西暦1974年)5月1日

自宅を製作し、千葉市緑区高津戸町に引越す。
近隣の仕事を受けながら、本格的に佐藤屋建設を広げる。

昭和58年(西暦1983年)3月1日

株式会社佐藤屋建設を設立。
東金近辺を中心に船橋近辺、八千代大近辺と幅を広げていく。

昭和61年(西暦1986年)5月1日

千葉県中央区生実町に事務所を建てる。

作業場
作業場

昭和63年(西暦1988年)

昭和63年(西暦1988年)

豊富な知識・経験・職人技的技術の指導・提供をモットーに全力で走るA型。禁酒・禁煙。

現在

百年、千年と生き続ける住まいのため、優れた技術と知恵を後継に伝え続けている。

佐藤屋建設の家づくり 匠の技術

スタッフ写真

佐藤屋建設では、
日本建築の歴史において何千年の歴史を経て進化し出来上がった木造建築在来工法で、木のぬくもりを感じる感動の家づくりをおこなっております。

技術者
技術者

佐藤屋建設の家づくりの原点は、
代表である佐藤行雄が職人時代に培った技能・知識を持って伝えていき、
日本の歴史とともに進化してきた伝統的な在来工法によって、
お施主様に喜んでもらえる仕事をする事です。

佐藤屋建設で使用する柱はすべて無垢(むく)材です。
天然の木から作られた無垢材は木の性質上、
建物が完成した後でも壁の調湿作用が働いて建物内の湿度を調節してくれます。
さらに人体に有害な物質もほとんど発生することはありません。

すべての柱に無垢材を使用しているので、
その一本一本に個性のある木を見定めながら、手作業で加工していきます。
それが日々の職人技術の向上にもなっています。

大工の登竜門とも言える手刻みによる加工を基本に、
金物を使用しなくても現存している社寺・仏閣の力強い構造体のように
職人技術によって本当の意味での高耐震住宅を提供しています。

そして、お施主様の笑顔がわたしたちの力になっています!